「東大に行けそうだったから、行った」
吉野さんは私立の中高一貫校出身。高校時代は生物というより物理・化学で受験し、「行けそうだったから」という感覚で東京大学へ進学したと言います。
東大では2年から3年に上がるタイミングで専門を選べる仕組みがあり、そこで生物系へ。人工光合成やエネルギー問題への関心から、
「生き物が実際にやっている光合成を知らないと話にならない」と考え、光合成研究の道へ進みました。
Q. 進路は最初から決めていた?
A. 「とりあえず東大に行こう、みたいなノリに近かった」
光合成研究の最前線でやっていたこと
大学院では、高熱性シアノバクテリアを用いた光合成の基礎研究に取り組みました。光合成の明反応を担うタンパク質群のうち、
光化学系Ⅰ(PSI)の電子伝達を構成する要素に着目し、内部の仕組みを一部改変して性質を調べる――そんなテーマです。
社会実装がいつ訪れるかは分からない。けれど、長い時間軸の先で役立つ可能性がある。
吉野さんの研究は、そうした「未来への種」に近いものでした。
「10年後かもしれないし、100年後かもしれない。基礎研究ってそういう時間軸ですよね」
「実験は好き。でも、まとめるのが嫌いだった」
話が進むにつれ、進路転換の核心が見えてきました。
吉野さんは「実験自体は好きだった」と言います。ただ、論文としてまとめる作業がどうしても苦手だった。
研究者としての未来像が、次第に描けなくなっていったそうです。
Q. 農業へ向かった決定打は?
A. 「手を動かした分が、そのまま成果物になる方が合っていると思った」
企業就農という選択
吉野さんが選んだのは、まず企業の現場で学ぶ道でした。
新規就農支援を行う企業を調べ、消費地に近い関東圏で野菜づくりを学べる環境、そして「給料がある」という現実的な条件を重視。
そうして富士食品に入り、契約農家の現場でレタスやキャベツを中心に約4年間経験を積みました。
出身は福岡。それでも地元に戻る選択はあまり考えなかったと言います。
「東京で遊びたかったからじゃないですか」と笑って話すあたりに、肩の力が抜けた本音も見えました。
研究と農業は、つながっている
現在の主作物はハウスのレタスとキュウリ。レタスは秋〜冬、キュウリは春と秋に作型を回しながら栽培しています。
今後はレタスの面積を増やすためにパイプハウスを建てる構想もあるそうです。
研究の知識が直接「栽培技術」に置き換わる場面は多くない一方で、光合成研究で得た感覚は今も残っています。
「植物は多少いい加減でも育つ」「強すぎる光は捨てる仕組みがある」――植物の強さへの信頼が、過保護になりすぎない姿勢につながっているようでした。
「多少いい加減でも死にはしない。植物の強さは信じてる」
一番楽しい瞬間/最後に一言
「一番楽しいのは、レタスがズラーっと揃って、それをバーっと全部取っていく時」
収穫の快感は、言葉にするとシンプルですが、現場に立つ人だけが知る実感があります。
Q. 東大で農業を目指す人へ一言
A. 「自分が好きなことをやればいいと思うよ」